死生観の考え方とそれに伴う行動

雑記

こんにちは、ととです。

ウクライナでの戦争やガザ地区の紛争が激化する中で、あらためて日本で平和な日々を過ごしていけていることに感謝していますが、死生観については、何かしらの意見・考えを持って行動したいと思ってます。

死生観とは、死と生に関する考えだけでなく、それらの考えに基づく行動が最も重要であると考えております(なんか胡散臭い宗教みたいですが、ただの雑記です)。

死生観

私の死に対する考えは、以下の2つを大前提として考えています。

・人はいつか死ぬ

・人は今死んでもおかしくない

上記の考えは、身近にいた祖父がいなくなってそう感じるようになりました。

近しい人を失う中で、「死」というものへの向き合い方が徐々に変わってきているような気がします。

人はいつか死ぬ

誰かが亡くなった時にまず感じるのが後悔です。

いつか死んでしまうのだから、生きているうちにしっかり話しておこうだとか、連絡を取ろうとかさまざまな形で関わりを持つことで、後悔を和らげることができると考えています。

また、いつその時が来ても、お世話になったことや、葬式で親族を集めてくれたという感謝の気持ちでいられる気がします。

人はいつ死んでもおかしくない

「人はいつ死んでもおかしくない」は自身の行動に後悔がないように、自分のやりたいことを精一杯やるという考えに繋がります。

お陰で、会社で異端児扱いされている私の行動も、自分の中では正当化されています(後悔は一切ありません)。

FIREとの関係性

FIREと死については大きな関係があると思っています。

FIREすることで自身の行動の自由度が向上し、会えていなかった方にも会うことができますし、自分が死ぬ際に後悔することなく受け入れることができると感じています。

FIREする前に死んでしまったら損・悔しいという感情ではなく、子供達や妻に財産を残すことができたと感じれるようになりました。

よって、突然死んでもいいように資産形成は継続していくつもりです。

まとめ

近い人を失って考えるようになった死生観についてご紹介しました。

人と関わりを持つことで、失う悲しみも増えてきます。

失った時に後悔しないように、生きている今、しっかり行動して後悔がないように感謝で終われるように今の生活を少しでも変えていきましょう。

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